時々、必要に迫られた食。


by mutsu-toru

カテゴリ:Visita( 9 )

四色丼。

聞こえてくるのは潮騒(しおさい)の音だ。

鏡のような海面が空を映す。

私の頬を一筋の風が撫でる。

海の香りを吸い込む。私は目を閉じる。波が打ち寄せる。私は一歩ずつ海へと入っていく。生温かった海水が徐々に冷たくなってくる。波が手に触れる。波の音はもう聞こえない。私はすでに海の一部になっている。


目を開けなくても私には全てが見える。ウニもホタテもイクラもアワビもアメンボだって。オケラだって。


酢飯の上に乗せただけ。きざんだ海苔をかけただけ。


潮騒が聞こえる。水平線の彼方まで空が映っている。風鈴が鳴る。お箸を右手に。器を左手に。腹がグー。喉がゴク。ウニ、ホタテ、イクラ、アワビ。生きたまま。四色丼。


いただきます。


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by mutsu-toru | 2007-07-03 09:33 | Visita
いい匂いにつられ、厨房に行ってみると同居人Lorenzoがいままさに昼飯を食わんとしているところだった。「喰うか?」と聞かれ、即答で「Si」
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海鮮煮込み・・・でいいんだろうか。作り方を聞いたが至って簡単。
1)Pescadilla(メルルーサの幼魚)を軽く揚げる(少し焼いてもよい)
2)玉葱、大蒜、(あれば)生姜を微塵切りし、サラダ油(もしくはオリーブ油)で炒める
3)水適当量で煮込む(適当な量のビール、もしくは白ワインを加えてもよい)
4)(3)にPescadilla、烏賊、海老の順でぶち込み、煮る

Pescadillaの代わりに他の白身の魚でもよさそうだ。何故Paecadillaかというと、「煮ると形が崩れて煮汁に溶けるから」とのこと。塩などの味付けもなし。魚介類から出るからとのこと。余計な味付けしていないのでさっぱりしている。

他に好みで醤油で味付けしてもいいし、サラダ油やオリーブ油ではなく、胡麻油を使えば違った味になるだろうと。今度やってみようと思います。
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by mutsu-toru | 2007-05-28 17:37 | Visita

Felicidades その2

5月11日、恒例?の7人制サッカーの後、
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若人達が腕をふるってくれた。鶏唐揚、豚カツ、サラダに出汁巻き卵。

さらに
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フルーツポンチにレアチーズ?っぽいケーキも。

皆、一人の誕生日を祝う為に昼間っから用意してくれたそうで。Toru氏は幸せもんです。
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by mutsu-toru | 2007-05-13 16:04 | Visita

肉を食べるということ。

午前中で仕事を終えることができたので、13時過ぎに散歩に出た。空はこの上なく晴れており、私は羽織っていたカーディガンを脱いで気持ちの良い陽光を両腕に浴びた。

スペインの「土曜の13時過ぎ」という時間は活気に溢れている。世界的にスペイン人共は「vacación-休暇-」のために生きているということが認知されているが、土曜の13時過ぎという時間帯は「vacación」をさらに細分化した時に現れる「descanso」という概念を示している。descansoとは休憩という意味だ。だが、その休憩は私が育った日本にはない感覚の休憩だ。それはどういうことなのかということを一言で言えば、「休憩のために蓄えられていた力が解放される時間、それこそが休憩である」ということだ。少なくとも私が日本にいた時、休憩と言う概念は疲労した心身を静養するということであった。だから、スペインの休憩と私が認識してきた休憩との間には違いがある。

私はそのようなスペインの休憩時間である「土曜の13時過ぎ」の街を歩いた。冒頭にも書いたように空からは強い日差しが指している。冬ですらサングラスをかける欧米人等は、もちろんサングラスをかけている。C/Mayorという古(いにしえ)の面影を残す通りは人で溢れている。町の中心P/Cervantezにはタパスの屋台が並んでいて、ビール片手に種々様々なタパスを食べる人々が大声で会話をしている。その広場に面した郵便局からはお腹がポッコリと出たおじさんが出てきて、扉に鍵をかけた。14時になったのだ。

私はそれらの光景を眺めつつ、歩き続けた。そもそも、私が散歩に出たのには目的があった。それはシャンプーを買うということである。ちょうど、昨夜で我が家のシャンプーが切れたのだった。最近、短髪にした私は、「今度はメンソレタームの効いたスースーするシャンプーを買うんだ。」と意気込んで家を出たのだった。そして空から降り注ぐ陽光があまりにも気持ちいいものだから、私はシャンプーを買いに行くことにカコつけて1時間あまりも散歩をしてしまったのだった。

私は「カリフール=元チャンピオン」というスーパーに向かった。土曜日なのできっと込んでいるだろうと思ったら、そうでもなかった。太陽が人々を外に呼び出しているのだ。買い物には金が必要だが、太陽を浴びる快楽は無料だ。人々が外に出るのは当たり前なのである。

店に着くと、私は緑色の容器に入った「ミントでシャッキリあなたの頭」というシャンプーを買い物籠に放り込んだ。そして、何の気なしに肉売り場へと向かった。

まず、私は生ハムをワンパック買い物籠に放り込んだ。その後、少し品定めをしてからステーキ用の牛肉3枚セットを同様に買い物籠に放り込んだ。

会計を済ませた私は、軽い買い物袋を片手に、そして家を出てすぐに脱いだカーディガンをもう一方の手に家まで歩いた。家に到着するまでの約15分間で、私は土曜日であるにもかかわらず「日曜日よりの使者」という歌を3度も大声で歌ってしまった。

家に着くと私は白いポロシャツを脱いで黒いTシャツに着替えた。何故なら、私はこれから肉を焼くからだ。

服を着替えた私は、これから焼く肉を除いた2枚のステーキ肉をサランラップで包んで冷凍庫にしまい、焼きあがった肉に添える野菜を用意した。レタスを半口大にちぎり、千切りにした玉ねぎをニンニク風味のビネガーオイルで揉んだ。そしてその半分を肉を盛り付ける皿によそい、残った半分には生ハムを乗せて肉を焼いている最中のつまみにした。

私は実にシンプルに肉を焼いた。熱したフライパンにバターを溶かし、そこにみじん切りにしたニンニクを加え、塩コショウを振っておいた肉を置いた。火の強さは弱だ。

私は冷蔵庫から冷やしたロゼ・ワインを取り出し、コップに注いだ。そしてCDラジカセに「Havana Café」というこれ以上ないほどに古典的なキューバ音楽のCDをセットして再生ボタンを押した。

我が家には肉がフライパンで焼かれる音、換気扇の音と陽気なキューバ音楽、窓の外から時々聞こえてくる誰かの声、そして私がサクサクとサラダを食べる音だけが響いた。

それから13分後、弱火で焼かれ続けた肉は皿に盛られた。私はそれを食卓に運び、「何故、私はこの肉を食そうと思ったのだろうか。」と自問した。だがもちろん、答えは最初からわかっていた。それは、この肉を食べるという一時が、また散歩を経てスーパーでその肉を買って食そうと思ったその時が、私にとっての「休憩」であったのだ。私は力を内在した休憩を求めていたのだ。普段、野菜ばかりを食べている私にとって、肉を食すということは、実はある程度の力を要することである。普段は野菜ばかりを食べていることで、私の肉に対する感性は研ぎ澄まされている。そういった研ぎ澄まされた感性をあえて休憩の中に取り込もうとすること、それは、挑戦的な刺激によって自分が癒されるのだということを確認することなのだ。そして、その行為は、休憩の後にすぐさま立ち上がり、全身に力を漲らせて新たな目標物に向かって走ることができるのだということを自分自身に確認することなのだ。


今回、私は友人であるToru氏とMUTSU氏、そして彼等の友人たちのためにこの文章を書いた。






WAKAMATSU
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by mutsu-toru | 2007-04-21 23:48 | Visita
出汁巻き卵。美味しゅうございました。
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by mutsu-toru | 2007-04-20 01:02 | Visita

Mr.Z

ポルトガル帰りのMr.Z作。お疲れのところ、有難うございます。
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マカロニパスタ(でええんやろうか)のトマトソース和え。ガッツ頂きました。
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by mutsu-toru | 2007-04-12 08:11 | Visita

アメリカ

皆さんは「フィールド・オブ・ドリームス」という映画を観たことがあるだろうか?
私はその映画を高校生の時に見たのだが、そのきっかけは雨で練習が休みになったので野球部の監督が「これを見てみなさい。アメリカの二度と帰っては来ない古き良き時代の幻想を追いかける男の物語だ」と言ったからだった。

映画は主演のケビン・コスナーがトウモロコシ畑をつぶして野球場をつくり、そこで起きる様々な奇跡を通して、仲違いした父親と自分との絆を確認するというものだった。途中、主人公が学生運動をしている場面があって、そこで彼は後に妻となる女の子とポテトフライを食べコカコーラを飲んでいた。そのポテトフライは、古びたレストランで使い古された皿の上に盛られていて、それまでポテトフライというとマクドナルドでしか食べたことがなかった私は何か、不思議な好奇心を抱いた。それは、「あ、本物はこういうものなのかな。ほんもののポテトフライはこうなのかな」というモノだったのではないかと今になって思う。あの時見たポテトフライは私に「ほんもの」という感触を与えた。

そして、私は今、スペインにいる。あの時に感じたことは、その後の人生を左右することはまったくなかったということだ。しかし、今も私の中にはあの時のイメージは残り続けている。それは本物のポテトフライとコカコーラ、そしてアメリカというイメージである。
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MUTSU
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by mutsu-toru | 2007-04-11 16:35 | Visita

リング

一頃、全世界である恐怖映画が流行ったものだ。怨念が巡り巡り、恐怖と死の連鎖が続くその映画は「リング」という名前であった。

MUTSUの家の台所にもある連鎖を引き起こす「リング」が持ち込まれていた。イカ製リングだった。

KAZUOが油で揚げたら、そのリングは一気に猛威を振るい始めた。そこを通りがかる人々が、リングを見過ごすことができず、思わず手を伸ばし、一口かじってしまった。そしてそれは、その人たちの手が、リングを口に運ぶ手が、沸き起こる食欲に導かれた手が止まらなくなってしまったことを意味していた。悲劇であった。

KAZUOがポテトフライを揚げている間にイカ製リングはほとんど全て、消えてしまっていた。あの脂っこい衣に覆われた、プリリンとしたイカは人々の中に眠るエゴイズムを、そうエゴイズムを目に見える形でこの世に引き出したのだった。
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話は変わるが、もしも「ロード・オブ・ザ・イカリング」という映画を作るなら、あなたはどのようなストーリーを用意するか?制作費は8億円。
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by mutsu-toru | 2007-04-11 16:33 | Visita

ドリア

イタリア貴族のために作られた料理。それがドリア。
グリグリとほじくって、穴をあけるもの。それはドリル。



甘い香りのするミルクソースをご飯にかけた鍋をY嬢がオーブンに入れて数分が経つと、台所ではある会話が始まった。

「ねえねえ、君、オーブンはさぁ、やっぱりさぁ、魔女の宅急便だよね」

「うん、そうだね。うふふ。あのニシンのパイだよね。てへへ」

「ずぶ濡れになりながら、届けたのにねぇ・・・。あの娘、孫だったよね、あのわがまま娘、ひどいことを言ったよね。」

「またニシンのパイ?!私、嫌いなのよね、これ。」

「そうだよ、なんてひどいことを言うんだ。ぷんぷん。」

「でもねでもね、ああいうことを言うあの子はね、あの冷たい心を持っている子はね、ちょっとかわいそうかもね。」

「そうだね。ニシンのパイに込められた温かさをあの子はまだ知らないのだものね。かわいそうだね。」

「お料理はね、味も大切だけど、でもね、その中に込められた心ね。大事ね。」

「そうだね。」

しみじみ・・・・しみじみ・・・・しみじみ。



やがてチーズが程よく焼けたのを確認したY嬢が、ドリアを取り出すと、我々は息を呑んだ。プツプツと音を立てるクリームソースに皆が注目した。MUTSUが言った。「すすすすすすすっすっす、ごい。」

我々は仲良く小皿に取り分けて、美味しく頂いた。心が温まる食事だった。
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by mutsu-toru | 2007-04-11 16:29 | Visita